東証一部の子会社で発生した21億円の横領が他人事ではない理由
社長ブログ
記事更新日:2022/03/17
2022年3月14日、グローリー株式会社(以下、同社)は同年2月4日付 「 2022 年3月期第3四半期決算発表延期に関するお知らせ 」にて公表の国内連結子会社における従業員による金銭横領の社内調査委員会による調査を発表しました。その内容は、同社の連結子会社であるグローリーサービス(以下、同社子会社)の経理担当が、総額約21億円を横領していたという非常にショッキングなものでした。
グローリー社のIRサイトはこちら
https://www.glory.co.jp/ir/ir_news/
最大の盲点は、「子会社」であったこと
今回の事例は、内部不正において典型的な要素が揃ったものでした。特に私が気になったのは、
①最も重要な現金・預金勘定の不正であったこと。
②13年間にもわたり継続して実施されて発見がおくれたこと。
③その結果として金額や手口がエスカレートしたこと。
④そして経理担当者による犯罪であったこと。
の4点でした。ある意味古典的な内部不正が大きな上場企業のグループ会社で行われたということです。きっと多くの方が「まさか」、「ありえない」、「誰もチェックしてないの?」と不思議に思われているかもしれません。しかしこの問題の最大の盲点となっているのは「子会社」であったことだと私は思っています。
一般的に内部不正の問題は、いわゆる「不正のトライアングル」で説明されます。グローリー社においては、自らが日常的なモニタリング活動の中で不正が起きない仕組み、発生しても早期に見つける仕組みを、上場会社として監査法人と共に取り組んできていたと思います。しかしながら今回これらの取組において子会社へのチェックがあまかったことは結果として明らかです。
今回の事例を、広く一般的な他の企業における教訓にするためにも、「不正のトライアングル」が会社の中のどこにあるのかを公表された問題から考えてみたいと思います。
さて、「不正のトライアングル」とは、以前ブログでも紹介しましたが、米国の犯罪学者 ドナルド・R・クレッシー (Donald R. Cressey) が犯罪者への調査を通じて導き出した要素を、W・スティーブ・アルブレヒト (W. Steve Albrecht) 博士が図式化した理論です。
この「不正のトライアングル」において、不正行為は、「機会」「動機 」「正当化」の3つの不正リスク要素 がそろったときに発生すると考えられています。今回のケースでは、この3つの要素は次のようになるだろうと考えています。
「不正のトライアングル」を今回の事例に当てはめる
なお、今回のポイントは、同社2022年3月14日発行の「2022 年3月期第3四半期 四半期報告書及び決算短信の提出ならびに過年度の有価証券報告書等、決算短信等、内部統制報告書の訂正に関するお知らせ」並びに「社内調査委員会による調査結果公表に関するお知らせ(以下、資料)」に基づいています。
動機:不正を犯す必要性の存在
動機は資料P21、P28 にまとめられていますが、正直なところ21年3月期からおこなわれた巨額の預金横領に関する動機をしめす文言は確認出来ませんでした。あえていうならば競馬で消費するギャンブルへの急激な依存症とも推測されるが、このような大きな金額を動かす動機とはなりにくいように思えます。あくまで推測ですが、最近はSuica等現金をつかわないロッカーが増えてきていることから着服可能金額が減ってきていることはデータから観察できます。そのため稚拙な判断をされた可能性として預金横領に手を出してしまったのかと推測することができます。後述からも明らかなとおり21年3月期は大きな「不正のエスカレート」が発生していることにより、実行者の特異性以外にも、ここは社内発表においてもう少し明らかにしてほしい点でした。
機会:不正がおこす可能性がある状況の存在
機会は、ダブルチェックなど、牽制が機能していないところで認識されます。現金横領においては、コインロッカー売上代金が実行者以外に誰にも照合されないこと。現金を持ち帰ってきても会社データにのせないため容易に着服が可能です。そして預金横領においては、振込送金に関わる出納責任者と担当者を同一人物が行っていることにあります。お金にふれる仕事が一人に任されており、さらにはそのチェックもされていないことから着服し放題であったと考えられます。特に、人の配置が薄くなりがちな子会社ではこうした環境であるように思います。
正当化:不正行為をする事を行為者が正当化する考えの存在
実行者がそもそもの遵法意識の著しい鈍麻に起因するという前提ではあるが、資料P28において実行者は、過去に経理業務を担うことができる人員を増やすよう何度か提言したことがあるとしています。また入社以降、実行者は総務課員、総務課長代理として一度昇格しているようではあるが、(増員依頼が認められなかったことからも)比較的長く同一の業務とポジションに据え置かれていたと考えられます。このことが自らの経理業務が軽視されているという考えを醸成し会社への反発心を生んだ可能性があり、これが正当化の一部とみなせそうです。
これら不正のトライアングル理論の3つの要因に加えて、新たに「素質:実行可能性」という要因を追加した理論として「不正のダイヤモンド」が今提唱されています。(David T.Wolfe,Dana R.Hermanson 2004)
実行可能性:「機会」を悪用しようとする個人の特徴
実行者が長らく「担当職」と「(事実上の)承認者」として不正を行う地位や経理としての職能を長期間与えられていたことや遵法意識の著しい鈍麻に起因すると表現されるほどの特異な方(厚かましさ、うぬぼれ、開き直る)であったことから上長も取り扱いに苦慮していた可能性も否めません。この状況に子会社であるがゆえに本社からは目が届かなかった可能性も考えられます。
トライアングルが一致し、不正は更にエスカレート
このトライアングルにはまると行為がエスカレートしていくことも知られています。資料P21の金銭的影響額でこれが裏付けられそうです。資料冒頭では、13年間に渡り横領が続いていたとあるが実際は3年前までは「現金横領」のみが年間数千万円程度であったものが、一昨年には、現金横領から、よりリスクの高い預金の横領に移行し横領額そのものがエスカレートしています。(グローリー社 横領金額推移を参照)
会社資料より著者作成
内部統制の不足として指摘されるように最低限のダブルチェックもなかったということは上場企業としては大きな瑕疵ではあると言えわざるをえませんが、この”エスカレート”が起きる前に発見し、必要な手を打つことができなかった事がこの不正を大きな問題にしたように思います。不正はどんどんエスカレートしてしまいます。最初の一歩を踏み出す前に止められる人を育て、組織とし、制度を守る仕組みをつくることがこれからもとめられます。
まとめ
このケースのように、一般的に国内のみならず海外においても子会社の経理組織は人が少なく、権限の集中が行われ、本社からのチェックも弱くなる傾向にあります。そのためこのような内部不正の可能性が常につきまといます。今回のことは、何も同社固有の問題ではなく、日本企業のコーポレートガバナンスやグループ管理のあり方の課題が表面化したのだという認識が必要ではないでしょうか。
この内部不正が、組織で明らかになってから社内の調査委員会のみならず多くの人が膨大な数の面談、調査等に時間を費やし、心を痛めながらこの調査書をつくられたのだろうと推察します。会社は、今回のように悪いことができる環境をつくらないことにより、不幸になる人、不幸なことに関わらざるを得ない人を出さないことが組織における本当にやさしさだと思います。
とはいえ、人海戦術で海外を含むグループ子会社の不正を押さえに行くのは莫大なコストが掛かります。各現場で人や組織の力で抑える部分と「multibook」の活用で本社から抑える部分とでバランスの良いガバナンスを構築し、仮に不正のトライアングルの条件がそろった環境であっても内部不正がうまれにくい企業体質をつくる必要があるでしょう。